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依
依代集
こくりゅうじん

黒竜人

―帰りの切符を売る店―
― 陰は土地に沈み、人のほうが歩いてくる ―
著 / 研一 恐 ★★★☆☆ 約 8,300 字 / 読了 約 14 分 昭和から令和の奇譚
土

序

この町の駅は、無人駅です。

その駅の前で、小さな店をやっています。駄菓子と煙草と、洗剤や電球のようなものと、それから切符を売っています。母から継いだ店です。

この町では、よそから来た人に旧道への道を聞かれても、教えません。

決まりというほどのものではありません。紙に書いてあるわけでもありません。ただ、町の者はみんなそうしていて、わたしも子どものころから、そうしてきました。

一度だけ、教えたことがあります。

昭和六十三年の、六月の終わりでした。

この話を人にするのは、初めてです。去年の夏と今年の夏のことがなければ、たぶん、しないまま死んでいたと思います。

一 帰りの切符

駅に人がいないので、切符は駅では買えません。母の代から、うちで預かって売っています。

列車は、二時間に一本です。上りと下りが、交互に来ます。ホームはひとつきりで、屋根は半分しかありません。雨の日は、屋根のないほうの半分に誰も立たないので、列車が着くと、降りてくる人がみんな同じ場所に固まります。

うちで売れる切符は、ほとんど全部、帰りの切符です。

よそから来る人は、よその駅で行きの切符を買ってきます。帰るときに、うちで帰りの切符を買う。ですから、うちの店を覚えている人というのは、みんな、帰っていった人です。

切符は古い型のもので、行き先と値段が刷ってあります。行き先ごとに束になっていて、レジの横の、浅い引き出しにしまってあります。売るときに、日付だけを機械で打ちます。

がちゃん、と音がします。

夏でも、その音が一日に十回鳴ることはありません。冬は、三回鳴れば多いほうです。

駅から海のほうへ、古い商店街がのびています。半分はシャッターが下りていて、残りの半分も、開いているのか閉まっているのか、外からは分かりません。うちは、その商店街のいちばん駅寄りの一軒です。

ときどき、観光の人が店に寄って、聞いてきます。

「ここ、何が名物ですか」

これが、いちばん困りました。魚はとれますが、よそと同じ魚です。饅頭もありますが、よそと同じ饅頭です。浜はありますが、泳ぐ人はいません。

母は、そういうとき、決まってこう答えていました。

「帰りの切符」

客は笑います。母は笑いません。客が「じゃあ、それください」と言うと、本当に売ります。日付を打って、釣り銭を数えて、「気をつけて」と言います。

母は、そういう人でした。

二 旧道

商店街の端から、海のほうへ下りていく細い道があります。町の者は、旧道と呼んでいます。

新しい道が駅の向こうにできてから、使う人はいなくなりました。先には、浜があるだけです。夏には草が腰まで伸びて、道があることも、知っている者にしか分かりません。

「道、聞かれても、教えなさんなよ」

母の口癖でした。

「なんで」

「なんででも」

それで終わりです。母は、理由を言ったことが一度もありません。町のほかの年寄りに聞いても同じでした。みんな、教えないことだけは知っていて、なぜ教えないのかは知らないようでした。

母は、口の悪い人でした。客の前では愛想がいいのに、客が出ていったとたんに、あの人は財布が薄い、あの人は歩き方が汚い、と言います。当たっているかどうかは、わたしには分かりません。財布が薄いと言われた人は、たいてい釣り銭を数え直していきましたから、当たっていたのかもしれません。

一度、切符を買いに来た背広の男を見送ったあとで、母が言いました。

「あの人は、泊まるよ」

帰りの切符を買っていった人です。泊まるはずがありません。

男は、その日の最終に乗り遅れて、商店街の民宿に三晩泊まりました。財布を落として、帰れなくなったんです。四日目の朝、切符を買い直しに来て、母に「おばあちゃん、占い師か」と言いました。

母は、それを聞いても得意そうな顔ひとつしませんでした。「気をつけて」と、いつもと同じように言っただけです。

旧道の脇の草の中に、石が並んでいます。

拳ほどの、浜の丸い石です。道の片側に、一列に置いてあります。子どものころ、一度だけ数えたことがあります。十四ありました。

何の石なのか、母に聞きました。

「ただの石」

母はそう言いました。

わたしはそれ以来、旧道には下りていません。下りるなと言われたことはありません。ただ、なんとなく、です。

三 夏の人

昭和の終わりごろから、夏になると来る若い男の人がいました。

二十歳を出たくらいだったと思います。夕方の列車で降りてきて、店の前のベンチに座ります。そして、最終の列車が来るまで、ずっとそこにいる。

商店街を歩くでもありません。浜へ下りるでもありません。

ベンチから、旧道の入口のほうを見ていました。

来るとまず、うちで缶コーヒーを一本買いました。夏なのに、温かいほうです。それを飲まずに、両手で持って、プルタブを指の先で何度も弾いていました。カチ、カチ、という音が、店の中まで聞こえました。

最終の少し前になると、店に来て、帰りの切符を買っていきます。行き先は、毎年同じでした。遠くの、大きな街の駅です。缶コーヒーは、たいてい、ベンチの上に開けないまま置いてありました。

一度、わたしのほうから声をかけたことがあります。

「海なら、駅の向こうの新しい道から下りられますよ」

その人は、少し驚いた顔をして、それから言いました。

「いえ、ええんです」

わたしがあの人と交わした言葉は、それだけです。

何を見ていたのかは、知りません。聞きませんでした。

ただ、あの人は一度も、旧道への道を聞きませんでした。

四 袈裟の人

昭和六十三年の、六月の終わりです。

夕方の列車から、坊さんが一人、降りてきました。

袈裟を着ていました。痩せた人で、袈裟が肩のところで余っていました。胸に、大きな数珠を下げていました。黒っぽい、大ぶりの玉です。痩せた首に、その数珠だけが重そうに見えました。

ほかに降りた人はいませんでした。

坊さんは、ホームの屋根のあるほうで、しばらく立っていました。それから、ゆっくり歩いてきて、店の前のベンチに腰を下ろしました。夏の人がいつも座る、あのベンチです。

わたしは、托鉢だと思いました。

それでレジから小銭を出して、手に握って待っていました。坊さんは、いつまでたっても何も言いません。ベンチに手をついて、肩で息をしていました。わたしは小銭をレジに戻して、かわりに水を一杯持っていきました。

「すまんな」

坊さんは、それを両手で持って、ゆっくり飲みました。喉が、一口ごとに大きく動きました。

飲み終わって、グラスをわたしに返しながら、言いました。

「海へ出る古い道は、どっちや」

わたしは、グラスを受け取った手のまま、止まりました。

「……帰りの切符、うちで売ってますよ。上りの最終は七時です」

「要らん」

「泊まりですか」

「いや」

坊さんは、それ以上、何も言いませんでした。わたしを急かすでもなく、ただ、答えを待っていました。道を知らない人の聞き方ではありませんでした。知っていることを、確かめているような聞き方でした。

教えてはいけない、と思いました。

それと同じくらいの速さで、教えていい理由を思いつきました。

お坊さんだから。浜で、誰かを拝むのだろうから。こんな体で、そう遠くまでは行かないだろうから。

三つも、その場で拵えました。

「商店街の端の、郵便ポストのところを左です。草が深いですけど、道はあります」

わたしは、指をさしました。

坊さんは、ベンチに手をついて立ち上がりました。しばらくかかりました。それから、胸の数珠を、手のひらで一度だけ押さえました。

「おおきに」

それだけ言って、商店街のほうへ歩いていきました。

わたしは、店の前に立って、その背中を見ていました。西日が商店街にまっすぐ差していて、あの人の影が、足もとから長く前へのびていました。影のほうが先に、郵便ポストのところまで着きました。

坊さんは、そこで左へ曲がりました。

母は、その日、寄り合いに出ていて留守でした。

帰ってきた母に、わたしは何も言いませんでした。

五 海のほう

翌朝、駐在さんが店に来ました。

「昨日の夕方、坊さんに道を聞かれたでしょう」

商店街の端で、見ていた人がいたそうです。

旧道の途中で、坊さんが倒れていました。朝、浜へ釣りに下りた年寄りが見つけたのだそうです。

わたしは、駐在さんと一緒に旧道を下りました。本人かどうか、見てほしいと言われたんです。

子どものころ以来でした。草は、昔より深くなっていました。脇の石の列は、草に埋もれて、ところどころ頭だけが白く見えていました。わたしはそれを横目に見ながら、駐在さんの背中について下りました。

坊さんは、草の中に、うつ伏せに倒れていました。

頭を、海のほうへ向けていました。

両手は、体の脇にありました。転んだのなら、手をつくはずです。あの人は、手をついていませんでした。歩いているそのままの形で、前へ倒れたように見えました。

首に、数珠の紐がかかっていました。

紐だけでした。

玉が、ひとつもありませんでした。

切れて散ったのだろうと、駐在さんは言いました。二人で、まわりの草をかき分けて探しました。ひとつも、見つかりませんでした。あれだけ大ぶりの玉が百個からあったのに、草の根もとに、ひとつも転がっていないんです。

上着のポケットから、切符が出てきました。遠くの、大きな駅で買った切符でした。

行きの切符でした。

「帰りのは、あんたのとこで買うつもりだったのかね」

駐在さんが言いました。

「要らんて、言われました」

わたしがそう言うと、駐在さんは少し黙って、手帳に何か書きました。

書き終わってから、草の先の、海のほうを見ました。

「浜に用があったんなら、新しい道のほうが近いのにね」

独り言のようでした。わたしは返事をしませんでした。駐在さんも、返事を待ってはいませんでした。この町の人ですから。

心臓でしょう、ということでした。遠くの寺の人らしい、とも聞きました。何日かして、迎えの人が来て、連れて帰っていきました。

わたしは、その人たちに、帰りの切符を売りました。

三枚です。行き先は、あの人のポケットにあった切符の、出た駅でした。

六 石

その晩、母に全部話しました。

母は、黙って聞いていました。怒られると思っていました。母は、怒りませんでした。

話し終わると、母は、ひとつだけ言いました。

「また、行きの切符か」

「また」

わたしは聞き返しました。

母は、それから少しだけ話してくれました。わたしが母から聞いた、最初で最後の、あの道の話です。

旧道で倒れて見つかるよそ者は、昔からいる。数年に一人。切符を持っていた人は、みんな行きの切符だけだった。そして、みんな、海のほうを向いて倒れていた。

「あの石は」

「そう」

母は、それだけ言いました。

勤め人のような人もいた。若い娘さんもいた。年寄りも、学生もいた。みんな、ふつうの服の、ふつうの人だった。

「坊さんは、初めて」

次の日、母は浜から丸い石をひとつ拾ってきて、旧道の列の端に置きました。わたしも、ついていきました。

置き終わってから、わたしは数えました。

十八ありました。

子どものころ、十四だった石です。わたしが気づかないあいだに、三つ増えていて、四つ目を、いま母が置いたんです。

その三つが、いつ、誰のために置かれたのか、わたしは知りません。駐在さんが店に来た朝も、町の誰かが旧道を下りていった朝も、わたしはたぶん、いつものように切符の引き出しを開けていたんだと思います。

ひとつだけ、思い当たることがありました。

わたしが中学に上がったころ、母が昼まで店を閉めた日があります。朝早く駐在さんが来て、母と表で少し話して、母はそのまま出ていきました。戻ってきた母の靴に、草の実がたくさんついていました。

何があったのか、わたしは聞きませんでした。母も言いませんでした。その日の午後、母はいつもより丁寧に、切符の束を行き先ごとに揃え直していました。

石を置いた日の、旧道からの帰り道です。母が、前を向いたまま言いました。

「教えなさんな、て言うたでしょう」

それだけです。

わたしが教えなくても、あの人はたぶん、行ったと思います。道を知っている人の聞き方でしたから。

それでも、あの日、郵便ポストのところを指さしたのは、わたしの指でした。

七 来なくなった夏

その年の八月にも、夏の人は来ました。

いつものように温かい缶コーヒーを買って、ベンチに座って、旧道の入口のほうを見て、最終の前に帰りの切符を買っていきました。

坊さんのことは、話しませんでした。あの人が知っていたのかどうか、わたしには分かりません。

それから何年か、夏の人は来ました。

わたしは、夏になると、あの人の行き先の束だけを、引き出しのいちばん手前に出しておくようになりました。いつ来ても、すぐ出せるようにです。

平成に入って四年か五年たったころ、来なくなりました。

わたしは、それでいいと思いました。なぜそう思ったのかは、うまく言えません。ただ、秋になって、その束を引き出しの奥に戻したとき、ほっとしたのを覚えています。

その束は、それから一度も手前に出していません。捨ててもいません。

母は、平成の半ばに死にました。最後まで、あの道の話は、あの晩の一度きりでした。

列車は、三時間に一本になりました。商店街のシャッターは、半分から三分の二になりました。帰りの切符も、前ほどは売れなくなりました。

店は、わたしひとりでやっています。

八 白い人

いつからなのか、はっきりしません。母が死んで、何度目かの夏だったと思います。

気がついたら、夏になると、旧道の入口に女が立つようになっていました。

白い服を着ています。黒い髪が、腰まであります。夏の夕方に、汗をかいている様子がありません。日傘も差していません。

次の年も、同じ服でした。その次の年も。

年を、取りません。

列車から降りてきたのを、見たことがありません。帰りの切符を買いに来たこともありません。気がつくと、そこに立っているんです。そして、気がつくと、いなくなっています。

町の年寄りたちは、女が立っている日は、店の前の道を通りません。裏の道を回っていきます。誰も、何も言いません。わたしも言いません。

一度だけ、隣の乾物屋のおばあさんが、うちの店先で立ち止まって、旧道のほうへ顎をしゃくったことがあります。

「今年も、来とる」

それだけ言って、おばあさんは裏の道へ入っていきました。「来とる」のが何なのか、わたしも聞きませんでしたし、おばあさんも言いませんでした。

わたしは、あの人の顔をまともに見たことがありません。前を通るときは、足もとを見て歩きます。

ひとつだけ、気づいていることがあります。

旧道で倒れていた人たちは、みんな、海のほうを向いていました。

あの女だけは、いつも、駅のほうを向いて立っています。

列車が着くたびに、降りてくる人を、見ています。降りた人がみんなホームを出て、商店街へ散っていくまで、首だけをゆっくり動かして、ひとりずつ見ています。

道を聞かれたことは、一度もありません。

聞かれたら、自分がどうしていたか。それは、いまも分かりません。

九 写真

去年の夏のことです。

昼過ぎの列車で、若い娘さんが一人で降りてきました。

その子は、まず店に来て、帰りの切符を先に買いました。夕方の上りに乗るのだと言いました。几帳面な子だな、と思いました。

「この辺で、写真撮るとこ、ありますか」

「商店街くらいですね」

「古い感じのとこ、好きなんです。父が昔、この辺によく来てたらしくて」

そうですか、と、わたしは言いました。

その子は、レジの横のラムネを一本取って、代金を置きながら、笑いました。

「でも、場所、教えてくれないんですよ。連れてってって言っても、絶対だめって。だから、自分で探して来ちゃいました」

几帳面なうえに、しつこい子なんだな、と思いました。父親は、困った顔をしただろうと思いました。

その子は、財布をしまいながら、もうひとつ聞きました。

「海のほうに下りる道って、ありますか」

わたしは、少し間を置いてから答えました。

「駅の向こうに、新しい道があります」

旧道のことは、言いませんでした。

その子は、お礼を言って商店街へ歩いていきました。

しばらくして、店のガラス越しに、その子が見えました。商店街の真ん中で、携帯を高く持ち上げて、自分も一緒に写るように構えていました。背中を、商店街の奥のほうへ向けていました。

その奥に、旧道の入口があります。

女が、立っていました。

女は、駅のほうを向いていませんでした。

こちらを、向いていました。

その子の、携帯のほうを向いていたんです。

女がそちらを向いているのを、わたしは、そのとき初めて見ました。何年も、同じ場所に、同じ向きで立っていた人です。

わたしは、店の外へ出ました。

あの子と女のあいだに、入っていこうと思いました。何ができるわけでもありません。ただ、あいだに立てば、写らないと思ったんです。

一歩、出ました。

そこで、足が止まりました。

あいだに立てば、わたしは女のほうを向くことになります。向いたら、見られる。そう思いました。

わたしは、見られたくなかったんです。

足を戻して、店に入りました。

その子は、何枚か撮って、画面を覗き込んで、満足そうな顔をしていました。夕方の上りに乗って、窓からわたしに手を振って、帰っていきました。

ホームを出ていく列車を、女が見ていました。

また、駅のほうを向いていました。

帰りの切符を持っている人は、帰っていきます。

わたしは、そう思うことにしました。

十 行きの人

今年の夏です。

八月の夕方の列車から、男の人が一人、降りてきました。

六十を過ぎたくらいの人でした。白いシャツを着て、小さな鞄をひとつ持っていました。

その人は、まず店に入ってきて、缶コーヒーを一本買いました。温かいほうでした。

それから、店の前のベンチに座りました。

そして、旧道の入口のほうを見ました。

プルタブを、指の先で弾いていました。

カチ、カチ、という音が、店の中まで聞こえました。

それで、分かりました。

夏の人でした。

四十年近くたっていました。髪は白くなって、背中が少し丸くなっていました。それでも、ベンチの同じところに、同じように膝をそろえて座って、同じほうを見ている。

あの人は、帰りの切符を、買いに来ませんでした。

六時になっても、六時半になっても、ベンチに座ったまま、旧道の入口のほうを見ていました。缶コーヒーは、開けないまま、膝の上に置いてありました。

六時過ぎに、下りの列車が着きました。降りてきたのは、高校生が二人だけでした。二人は男の人の前を通り過ぎて、商店街へ入っていきました。男の人は、二人のほうを一度も見ませんでした。

その日、旧道の入口に、女は立っていませんでした。

夏になってから、一日も欠かさず立っていた人です。

わたしは、それがどういうことなのか、考えないようにしていました。

終章 帰りの切符

最終の上りまで、あと三十分というころでした。

男の人が、ベンチから立って、店に入ってきました。

「すみません」

「はい」

「旧道は、どっちですか」

四十年近く、一度も聞かなかった人です。

わたしは、答えませんでした。

男の人は、急かしませんでした。黙って、わたしの返事を待っていました。あの坊さんと同じ待ち方でした。道を知らない人の待ち方ではありませんでした。

しばらくして、その人のほうが、ぽつりと言いました。

「娘が、去年ここへ来まして」

それで、全部つながりました。

わたしは、何も言いませんでした。

男の人の手が、カウンターの縁に置かれていました。缶コーヒーを持っていないほうの手でした。指の先が、何もないところで、小さく動いていました。プルタブを弾くときの形でした。

あの坊さんが、胸の数珠を一度だけ押さえたのを、わたしは思い出していました。

引き出しの奥から、切符の束をひとつ出しました。

三十年、手前に出していなかった束です。昔、あの人が夏ごとに買っていった行き先です。刷ってある値段は、とうに古くなっていました。

一枚取って、機械に差して、日付を打ちました。

がちゃん、と鳴りました。

それを、カウンターに置きました。

「お代は、結構です」

男の人は、切符を見ていました。長いこと、見ていました。

わたしは、店の外を見ませんでした。旧道の入口に、いま誰が立っているのか。見ていません。

男の人が、その切符を取ったのかどうか。わたしは、それも見ていません。

見ないことに、しました。

この町の名物を聞かれると、母は、帰りの切符と答えていました。

客は笑いました。

わたしも、ずっと、冗談だと思っていました。

《了》

序

この町の駅は、無人駅です。

その駅の前で、小さな店をやっています。駄菓子と煙草と、洗剤や電球のようなものと、それから切符を売っています。母から継いだ店です。

この町では、よそから来た人に旧道への道を聞かれても、教えません。

決まりというほどのものではありません。紙に書いてあるわけでもありません。ただ、町の者はみんなそうしていて、わたしも子どものころから、そうしてきました。

一度だけ、教えたことがあります。

昭和六十三年の、六月の終わりでした。

この話を人にするのは、初めてです。去年の夏と今年の夏のことがなければ、たぶん、しないまま死んでいたと思います。

一 帰りの切符

駅に人がいないので、切符は駅では買えません。母の代から、うちで預かって売っています。

列車は、二時間に一本です。上りと下りが、交互に来ます。ホームはひとつきりで、屋根は半分しかありません。雨の日は、屋根のないほうの半分に誰も立たないので、列車が着くと、降りてくる人がみんな同じ場所に固まります。

うちで売れる切符は、ほとんど全部、帰りの切符です。

よそから来る人は、よその駅で行きの切符を買ってきます。帰るときに、うちで帰りの切符を買う。ですから、うちの店を覚えている人というのは、みんな、帰っていった人です。

切符は古い型のもので、行き先と値段が刷ってあります。行き先ごとに束になっていて、レジの横の、浅い引き出しにしまってあります。売るときに、日付だけを機械で打ちます。

がちゃん、と音がします。

夏でも、その音が一日に十回鳴ることはありません。冬は、三回鳴れば多いほうです。

駅から海のほうへ、古い商店街がのびています。半分はシャッターが下りていて、残りの半分も、開いているのか閉まっているのか、外からは分かりません。うちは、その商店街のいちばん駅寄りの一軒です。

ときどき、観光の人が店に寄って、聞いてきます。

「ここ、何が名物ですか」

これが、いちばん困りました。魚はとれますが、よそと同じ魚です。饅頭もありますが、よそと同じ饅頭です。浜はありますが、泳ぐ人はいません。

母は、そういうとき、決まってこう答えていました。

「帰りの切符」

客は笑います。母は笑いません。客が「じゃあ、それください」と言うと、本当に売ります。日付を打って、釣り銭を数えて、「気をつけて」と言います。

母は、そういう人でした。

二 旧道

商店街の端から、海のほうへ下りていく細い道があります。町の者は、旧道と呼んでいます。

新しい道が駅の向こうにできてから、使う人はいなくなりました。先には、浜があるだけです。夏には草が腰まで伸びて、道があることも、知っている者にしか分かりません。

「道、聞かれても、教えなさんなよ」

母の口癖でした。

「なんで」

「なんででも」

それで終わりです。母は、理由を言ったことが一度もありません。町のほかの年寄りに聞いても同じでした。みんな、教えないことだけは知っていて、なぜ教えないのかは知らないようでした。

母は、口の悪い人でした。客の前では愛想がいいのに、客が出ていったとたんに、あの人は財布が薄い、あの人は歩き方が汚い、と言います。当たっているかどうかは、わたしには分かりません。財布が薄いと言われた人は、たいてい釣り銭を数え直していきましたから、当たっていたのかもしれません。

一度、切符を買いに来た背広の男を見送ったあとで、母が言いました。

「あの人は、泊まるよ」

帰りの切符を買っていった人です。泊まるはずがありません。

男は、その日の最終に乗り遅れて、商店街の民宿に三晩泊まりました。財布を落として、帰れなくなったんです。四日目の朝、切符を買い直しに来て、母に「おばあちゃん、占い師か」と言いました。

母は、それを聞いても得意そうな顔ひとつしませんでした。「気をつけて」と、いつもと同じように言っただけです。

旧道の脇の草の中に、石が並んでいます。

拳ほどの、浜の丸い石です。道の片側に、一列に置いてあります。子どものころ、一度だけ数えたことがあります。十四ありました。

何の石なのか、母に聞きました。

「ただの石」

母はそう言いました。

わたしはそれ以来、旧道には下りていません。下りるなと言われたことはありません。ただ、なんとなく、です。

三 夏の人

昭和の終わりごろから、夏になると来る若い男の人がいました。

二十歳を出たくらいだったと思います。夕方の列車で降りてきて、店の前のベンチに座ります。そして、最終の列車が来るまで、ずっとそこにいる。

商店街を歩くでもありません。浜へ下りるでもありません。

ベンチから、旧道の入口のほうを見ていました。

来るとまず、うちで缶コーヒーを一本買いました。夏なのに、温かいほうです。それを飲まずに、両手で持って、プルタブを指の先で何度も弾いていました。カチ、カチ、という音が、店の中まで聞こえました。

最終の少し前になると、店に来て、帰りの切符を買っていきます。行き先は、毎年同じでした。遠くの、大きな街の駅です。缶コーヒーは、たいてい、ベンチの上に開けないまま置いてありました。

一度、わたしのほうから声をかけたことがあります。

「海なら、駅の向こうの新しい道から下りられますよ」

その人は、少し驚いた顔をして、それから言いました。

「いえ、ええんです」

わたしがあの人と交わした言葉は、それだけです。

何を見ていたのかは、知りません。聞きませんでした。

ただ、あの人は一度も、旧道への道を聞きませんでした。

四 袈裟の人

昭和六十三年の、六月の終わりです。

夕方の列車から、坊さんが一人、降りてきました。

袈裟を着ていました。痩せた人で、袈裟が肩のところで余っていました。胸に、大きな数珠を下げていました。黒っぽい、大ぶりの玉です。痩せた首に、その数珠だけが重そうに見えました。

ほかに降りた人はいませんでした。

坊さんは、ホームの屋根のあるほうで、しばらく立っていました。それから、ゆっくり歩いてきて、店の前のベンチに腰を下ろしました。夏の人がいつも座る、あのベンチです。

わたしは、托鉢だと思いました。

それでレジから小銭を出して、手に握って待っていました。坊さんは、いつまでたっても何も言いません。ベンチに手をついて、肩で息をしていました。わたしは小銭をレジに戻して、かわりに水を一杯持っていきました。

「すまんな」

坊さんは、それを両手で持って、ゆっくり飲みました。喉が、一口ごとに大きく動きました。

飲み終わって、グラスをわたしに返しながら、言いました。

「海へ出る古い道は、どっちや」

わたしは、グラスを受け取った手のまま、止まりました。

「……帰りの切符、うちで売ってますよ。上りの最終は七時です」

「要らん」

「泊まりですか」

「いや」

坊さんは、それ以上、何も言いませんでした。わたしを急かすでもなく、ただ、答えを待っていました。道を知らない人の聞き方ではありませんでした。知っていることを、確かめているような聞き方でした。

教えてはいけない、と思いました。

それと同じくらいの速さで、教えていい理由を思いつきました。

お坊さんだから。浜で、誰かを拝むのだろうから。こんな体で、そう遠くまでは行かないだろうから。

三つも、その場で拵えました。

「商店街の端の、郵便ポストのところを左です。草が深いですけど、道はあります」

わたしは、指をさしました。

坊さんは、ベンチに手をついて立ち上がりました。しばらくかかりました。それから、胸の数珠を、手のひらで一度だけ押さえました。

「おおきに」

それだけ言って、商店街のほうへ歩いていきました。

わたしは、店の前に立って、その背中を見ていました。西日が商店街にまっすぐ差していて、あの人の影が、足もとから長く前へのびていました。影のほうが先に、郵便ポストのところまで着きました。

坊さんは、そこで左へ曲がりました。

母は、その日、寄り合いに出ていて留守でした。

帰ってきた母に、わたしは何も言いませんでした。

五 海のほう

翌朝、駐在さんが店に来ました。

「昨日の夕方、坊さんに道を聞かれたでしょう」

商店街の端で、見ていた人がいたそうです。

旧道の途中で、坊さんが倒れていました。朝、浜へ釣りに下りた年寄りが見つけたのだそうです。

わたしは、駐在さんと一緒に旧道を下りました。本人かどうか、見てほしいと言われたんです。

子どものころ以来でした。草は、昔より深くなっていました。脇の石の列は、草に埋もれて、ところどころ頭だけが白く見えていました。わたしはそれを横目に見ながら、駐在さんの背中について下りました。

坊さんは、草の中に、うつ伏せに倒れていました。

頭を、海のほうへ向けていました。

両手は、体の脇にありました。転んだのなら、手をつくはずです。あの人は、手をついていませんでした。歩いているそのままの形で、前へ倒れたように見えました。

首に、数珠の紐がかかっていました。

紐だけでした。

玉が、ひとつもありませんでした。

切れて散ったのだろうと、駐在さんは言いました。二人で、まわりの草をかき分けて探しました。ひとつも、見つかりませんでした。あれだけ大ぶりの玉が百個からあったのに、草の根もとに、ひとつも転がっていないんです。

上着のポケットから、切符が出てきました。遠くの、大きな駅で買った切符でした。

行きの切符でした。

「帰りのは、あんたのとこで買うつもりだったのかね」

駐在さんが言いました。

「要らんて、言われました」

わたしがそう言うと、駐在さんは少し黙って、手帳に何か書きました。

書き終わってから、草の先の、海のほうを見ました。

「浜に用があったんなら、新しい道のほうが近いのにね」

独り言のようでした。わたしは返事をしませんでした。駐在さんも、返事を待ってはいませんでした。この町の人ですから。

心臓でしょう、ということでした。遠くの寺の人らしい、とも聞きました。何日かして、迎えの人が来て、連れて帰っていきました。

わたしは、その人たちに、帰りの切符を売りました。

三枚です。行き先は、あの人のポケットにあった切符の、出た駅でした。

六 石

その晩、母に全部話しました。

母は、黙って聞いていました。怒られると思っていました。母は、怒りませんでした。

話し終わると、母は、ひとつだけ言いました。

「また、行きの切符か」

「また」

わたしは聞き返しました。

母は、それから少しだけ話してくれました。わたしが母から聞いた、最初で最後の、あの道の話です。

旧道で倒れて見つかるよそ者は、昔からいる。数年に一人。切符を持っていた人は、みんな行きの切符だけだった。そして、みんな、海のほうを向いて倒れていた。

「あの石は」

「そう」

母は、それだけ言いました。

勤め人のような人もいた。若い娘さんもいた。年寄りも、学生もいた。みんな、ふつうの服の、ふつうの人だった。

「坊さんは、初めて」

次の日、母は浜から丸い石をひとつ拾ってきて、旧道の列の端に置きました。わたしも、ついていきました。

置き終わってから、わたしは数えました。

十八ありました。

子どものころ、十四だった石です。わたしが気づかないあいだに、三つ増えていて、四つ目を、いま母が置いたんです。

その三つが、いつ、誰のために置かれたのか、わたしは知りません。駐在さんが店に来た朝も、町の誰かが旧道を下りていった朝も、わたしはたぶん、いつものように切符の引き出しを開けていたんだと思います。

ひとつだけ、思い当たることがありました。

わたしが中学に上がったころ、母が昼まで店を閉めた日があります。朝早く駐在さんが来て、母と表で少し話して、母はそのまま出ていきました。戻ってきた母の靴に、草の実がたくさんついていました。

何があったのか、わたしは聞きませんでした。母も言いませんでした。その日の午後、母はいつもより丁寧に、切符の束を行き先ごとに揃え直していました。

石を置いた日の、旧道からの帰り道です。母が、前を向いたまま言いました。

「教えなさんな、て言うたでしょう」

それだけです。

わたしが教えなくても、あの人はたぶん、行ったと思います。道を知っている人の聞き方でしたから。

それでも、あの日、郵便ポストのところを指さしたのは、わたしの指でした。

七 来なくなった夏

その年の八月にも、夏の人は来ました。

いつものように温かい缶コーヒーを買って、ベンチに座って、旧道の入口のほうを見て、最終の前に帰りの切符を買っていきました。

坊さんのことは、話しませんでした。あの人が知っていたのかどうか、わたしには分かりません。

それから何年か、夏の人は来ました。

わたしは、夏になると、あの人の行き先の束だけを、引き出しのいちばん手前に出しておくようになりました。いつ来ても、すぐ出せるようにです。

平成に入って四年か五年たったころ、来なくなりました。

わたしは、それでいいと思いました。なぜそう思ったのかは、うまく言えません。ただ、秋になって、その束を引き出しの奥に戻したとき、ほっとしたのを覚えています。

その束は、それから一度も手前に出していません。捨ててもいません。

母は、平成の半ばに死にました。最後まで、あの道の話は、あの晩の一度きりでした。

列車は、三時間に一本になりました。商店街のシャッターは、半分から三分の二になりました。帰りの切符も、前ほどは売れなくなりました。

店は、わたしひとりでやっています。

八 白い人

いつからなのか、はっきりしません。母が死んで、何度目かの夏だったと思います。

気がついたら、夏になると、旧道の入口に女が立つようになっていました。

白い服を着ています。黒い髪が、腰まであります。夏の夕方に、汗をかいている様子がありません。日傘も差していません。

次の年も、同じ服でした。その次の年も。

年を、取りません。

列車から降りてきたのを、見たことがありません。帰りの切符を買いに来たこともありません。気がつくと、そこに立っているんです。そして、気がつくと、いなくなっています。

町の年寄りたちは、女が立っている日は、店の前の道を通りません。裏の道を回っていきます。誰も、何も言いません。わたしも言いません。

一度だけ、隣の乾物屋のおばあさんが、うちの店先で立ち止まって、旧道のほうへ顎をしゃくったことがあります。

「今年も、来とる」

それだけ言って、おばあさんは裏の道へ入っていきました。「来とる」のが何なのか、わたしも聞きませんでしたし、おばあさんも言いませんでした。

わたしは、あの人の顔をまともに見たことがありません。前を通るときは、足もとを見て歩きます。

ひとつだけ、気づいていることがあります。

旧道で倒れていた人たちは、みんな、海のほうを向いていました。

あの女だけは、いつも、駅のほうを向いて立っています。

列車が着くたびに、降りてくる人を、見ています。降りた人がみんなホームを出て、商店街へ散っていくまで、首だけをゆっくり動かして、ひとりずつ見ています。

道を聞かれたことは、一度もありません。

聞かれたら、自分がどうしていたか。それは、いまも分かりません。

九 写真

去年の夏のことです。

昼過ぎの列車で、若い娘さんが一人で降りてきました。

その子は、まず店に来て、帰りの切符を先に買いました。夕方の上りに乗るのだと言いました。几帳面な子だな、と思いました。

「この辺で、写真撮るとこ、ありますか」

「商店街くらいですね」

「古い感じのとこ、好きなんです。父が昔、この辺によく来てたらしくて」

そうですか、と、わたしは言いました。

その子は、レジの横のラムネを一本取って、代金を置きながら、笑いました。

「でも、場所、教えてくれないんですよ。連れてってって言っても、絶対だめって。だから、自分で探して来ちゃいました」

几帳面なうえに、しつこい子なんだな、と思いました。父親は、困った顔をしただろうと思いました。

その子は、財布をしまいながら、もうひとつ聞きました。

「海のほうに下りる道って、ありますか」

わたしは、少し間を置いてから答えました。

「駅の向こうに、新しい道があります」

旧道のことは、言いませんでした。

その子は、お礼を言って商店街へ歩いていきました。

しばらくして、店のガラス越しに、その子が見えました。商店街の真ん中で、携帯を高く持ち上げて、自分も一緒に写るように構えていました。背中を、商店街の奥のほうへ向けていました。

その奥に、旧道の入口があります。

女が、立っていました。

女は、駅のほうを向いていませんでした。

こちらを、向いていました。

その子の、携帯のほうを向いていたんです。

女がそちらを向いているのを、わたしは、そのとき初めて見ました。何年も、同じ場所に、同じ向きで立っていた人です。

わたしは、店の外へ出ました。

あの子と女のあいだに、入っていこうと思いました。何ができるわけでもありません。ただ、あいだに立てば、写らないと思ったんです。

一歩、出ました。

そこで、足が止まりました。

あいだに立てば、わたしは女のほうを向くことになります。向いたら、見られる。そう思いました。

わたしは、見られたくなかったんです。

足を戻して、店に入りました。

その子は、何枚か撮って、画面を覗き込んで、満足そうな顔をしていました。夕方の上りに乗って、窓からわたしに手を振って、帰っていきました。

ホームを出ていく列車を、女が見ていました。

また、駅のほうを向いていました。

帰りの切符を持っている人は、帰っていきます。

わたしは、そう思うことにしました。

十 行きの人

今年の夏です。

八月の夕方の列車から、男の人が一人、降りてきました。

六十を過ぎたくらいの人でした。白いシャツを着て、小さな鞄をひとつ持っていました。

その人は、まず店に入ってきて、缶コーヒーを一本買いました。温かいほうでした。

それから、店の前のベンチに座りました。

そして、旧道の入口のほうを見ました。

プルタブを、指の先で弾いていました。

カチ、カチ、という音が、店の中まで聞こえました。

それで、分かりました。

夏の人でした。

四十年近くたっていました。髪は白くなって、背中が少し丸くなっていました。それでも、ベンチの同じところに、同じように膝をそろえて座って、同じほうを見ている。

あの人は、帰りの切符を、買いに来ませんでした。

六時になっても、六時半になっても、ベンチに座ったまま、旧道の入口のほうを見ていました。缶コーヒーは、開けないまま、膝の上に置いてありました。

六時過ぎに、下りの列車が着きました。降りてきたのは、高校生が二人だけでした。二人は男の人の前を通り過ぎて、商店街へ入っていきました。男の人は、二人のほうを一度も見ませんでした。

その日、旧道の入口に、女は立っていませんでした。

夏になってから、一日も欠かさず立っていた人です。

わたしは、それがどういうことなのか、考えないようにしていました。

終章 帰りの切符

最終の上りまで、あと三十分というころでした。

男の人が、ベンチから立って、店に入ってきました。

「すみません」

「はい」

「旧道は、どっちですか」

四十年近く、一度も聞かなかった人です。

わたしは、答えませんでした。

男の人は、急かしませんでした。黙って、わたしの返事を待っていました。あの坊さんと同じ待ち方でした。道を知らない人の待ち方ではありませんでした。

しばらくして、その人のほうが、ぽつりと言いました。

「娘が、去年ここへ来まして」

それで、全部つながりました。

わたしは、何も言いませんでした。

男の人の手が、カウンターの縁に置かれていました。缶コーヒーを持っていないほうの手でした。指の先が、何もないところで、小さく動いていました。プルタブを弾くときの形でした。

あの坊さんが、胸の数珠を一度だけ押さえたのを、わたしは思い出していました。

引き出しの奥から、切符の束をひとつ出しました。

三十年、手前に出していなかった束です。昔、あの人が夏ごとに買っていった行き先です。刷ってある値段は、とうに古くなっていました。

一枚取って、機械に差して、日付を打ちました。

がちゃん、と鳴りました。

それを、カウンターに置きました。

「お代は、結構です」

男の人は、切符を見ていました。長いこと、見ていました。

わたしは、店の外を見ませんでした。旧道の入口に、いま誰が立っているのか。見ていません。

男の人が、その切符を取ったのかどうか。わたしは、それも見ていません。

見ないことに、しました。

この町の名物を聞かれると、母は、帰りの切符と答えていました。

客は笑いました。

わたしも、ずっと、冗談だと思っていました。

《了》

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陰は土地に沈み、人のほうが歩いてくる。弐ノ型「祟」。

「祟」は、土地と血に刻まれて、動かない型です。前の二つの話で、それは人に入り込み、人に抱えられて歩きました。この一篇では、どこへも行きません。動かないものの前では、人のほうが歩いてくる。行きの切符を一枚だけ持って。土地の者にできることは、多くありません。道を教えないこと。倒れた者の数だけ、石を置くこと。教えれば、道になる。教えなければ、道は草に埋もれていく。同じ世界の、動かない側です。

この庫は、語られるたびに増えていく。
あなたが視たもの、聞いたもの、腑に落ちないまま抱えているもの。
それも、まだ名前のつかない一篇かもしれません。

奇譚を寄せる
研

研一

依代師ユニバースの作者。連載小説「泉京介の憂鬱」、「黒竜人」シリーズを執筆。