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依
依代集
こくりゅうじん

黒竜人

―卵を三つ入れる坊さん―
― 陽(生者)が、陰を抱えて歩く ―
著 / 研一 恐 ★★★☆☆ 約 8,900 字 / 読了 約 15 分 昭和の奇譚
陰

序

カフェ・ブラジルという喫茶店を、平成三年まで、この街でやっていました。

父から継いだ店です。わたしで二代目でした。いまはコインパーキングになっています。

あの店に、毎日ミルクセーキを飲みに来る坊さんがいました。

わたしがあの人にミルクセーキを作ったのは、十六年ほどです。継ぐ前から来ていた人でしたから、父の代を入れると、もっと長い。

十六年のあいだ、わたしは一度も、なんでミルクセーキなんですかと聞きませんでした。

無愛想な男だったからです。

——というのは、いま思えば、嘘です。

聞かなかったのは、あの人が、聞かれたくなさそうだったからです。

わたしはそれに気づいていて、気づかないふりをして、十六年、黙って作っていました。

この話を人にするのは、これが初めてです。

弟が去年死んで、あの店を知っている人間が、わたしひとりになりました。

一 薄いコーヒー

うちのコーヒーは薄い、とよく言われました。

言われるたびに、わたしは黙っていました。豆を惜しんでいたわけではありません。父がそう淹れていたので、そう淹れていただけです。

それでも常連は来ました。ほかに行くところがなかったんだと思います。飲屋街の外れで、昼から夜まで開いていて、誰も話しかけてこない店というのは、あのころ、案外貴重でした。

カウンターの奥でレコードを回して、壁には南国の写真が貼ってありました。行ったこともない土地の写真です。父が誰かにもらったものだと聞いています。ヤニで飴色になっていて、海の青が、年々、茶色くなっていきました。

坊さんは、決まって夕方に来ました。

六十手前だったと思います。袈裟を着て、胸元に大きな数珠を下げていました。口は重い。挨拶もしません。カウンターのいちばん端に座って、ミルクセーキを一杯飲んで、金を置いて帰る。それだけです。

「視える人らしいで」という噂は、飲屋街に流れていました。わたしはそういう話を信じていませんでしたし、興味もありませんでした。うちの店にとっては、静かに座って毎日一杯飲んでいく客というだけで、じゅうぶんありがたい人です。

あの人には癖がひとつありました。

座ると、胸の数珠を外して、カウンターに置くんです。

いつも同じ場所に、輪のまま。それから飲んで、帰るときにまた首にかける。

黒っぽい、大ぶりの玉でした。よく使い込まれていて、ところどころ、角が丸くなっていました。

ある日、暇だったので、わたしはそれを数えました。

客はほかにおらず、坊さんは便所に立っていて、数珠はカウンターに置いたままでした。触るのも悪い気がしたので、指の先で押しながら、ひとつずつずらして数えました。

百八ありました。

そういうものなのかもしれません。わたしは仏具のことは何も知りません。ただ、数え終わったときに、多いな、と思ったのは覚えています。

顔を上げたら、坊さんが戻ってきていて、それを見ていました。

わたしは何も言いませんでした。あの人も何も言いませんでした。ただ数珠を取って、首にかけて、また座って、ミルクセーキの続きを飲みました。

それだけの話です。

わたしはその日から、あの数珠に触れませんでした。

二 卵を二つ

坊さんは、わたしが店を継ぐ前から来ていました。

父に一度、あの坊さんは何なんや、と聞いたことがあります。父は「知らん」と言いました。それで終わりです。うちはそういう店で、うちはそういう家でした。

昭和五十年代の半ばだったと思います。

いつものように出そうとしたら、坊さんが、カウンター越しに言いました。

「あんた」

声をかけられたのは、それが初めてでした。八年ほど作っていて、初めてです。

「はい」

「卵な。二個にしてくれるか」

わたしは、少し考えました。ミルクセーキの卵は一個です。二個にすると味が変わります。濃くなって、甘さが立たなくなる。正直、うまくはありません。

「二個ですか」

「二個や」

「味、変わりますよ」

「かまへん」

坊さんは、それから付け足しました。

「銭は、同じでええ」

わたしは「いや、そら」と言いかけて、やめました。

この人は値切っているのでも、得をしようとしているのでもない、と分かったからです。卵の数の話だけをしている、という感じでした。

結局、値段は据え置きました。卵一個で商売がどうこうなるほど、うちは繁盛していませんでしたし、あの人は十六年、一日も欠かさず来ていましたから、こちらが得をしていました。

その日から、坊さんのミルクセーキは卵二個になりました。

わたしは一度、味見をしてみたことがあります。

うまくありませんでした。生臭くて、重い。冷やしても、卵が喉に残ります。飲んだあと、しばらく口の中がぬるつく。あれを毎日飲むのは苦行だろうと思いました。

坊さんは、うまそうに飲んだことが一度もありません。

いつも、三口か四口で、一気に飲み下していました。グラスを置くときに、必ず、小さく息を吐きました。

薬を飲む人の飲み方でした。

常連の一人に「あの坊さん、なに飲んでんの」と聞かれたことがあります。

「ミルクセーキです」

「あの人が?」

「はい」

「似合わんなあ」

似合いません。わたしもそう思っていました。

三 あの夏

昭和五十九年の夏のことです。

弟が、手伝いに来ていました。もともと別の仕事をしていたのが、その年の春に辞めて、ぶらぶらしていたので、店に呼んだんです。皿を洗って、氷を割って、たまに客と喋る。うちの店で唯一、客と喋れる人間でした。

その日の夕方、常連の若い子が、駐車場の先輩と一緒に来ていました。十九か二十の学生と、三十過ぎの、体の大きな人です。よく二人で来ていました。

その大きいほうの人が、その夏、みるみる痩せていました。

わたしは無愛想ですが、客の顔は見ています。二週間で人相が変わる人間というのは、そうそういません。だからその日、アイスコーヒーを運んだときに、一言だけ言いました。

「あんた、痩せたな」

それだけ言って、戻りました。

いま思えば、あれがわたしの、精いっぱいでした。

その夕方、坊さんが来て、あの二人と同じテーブルに座りました。何か話していましたが、わたしはカウンターの内側にいたので、聞いていません。

三日後、その大きい人が、女を連れてきました。

白いワンピースに、腰までの黒髪の人でした。

わたしはその人に水を出しました。手をつけませんでした。それだけです。あとは何も覚えていません。覚えていないというより、見ていませんでした。カウンターの内側で、氷を割っていました。

坊さんが入ってきて、扉が閉まって、それから、悲鳴が上がりました。

顔を上げたときには、女が立ち上がって、叫んでいました。人の声ではありませんでした。

弟が、その腕を掴みに行きました。

止めようとしたんだと思います。うちの店で、うちの客が暴れているので、止めに行った。それだけのことです。

わたしは、掴むな、と言いませんでした。

言えるはずもありません。一秒もなかったんですから。

それでもわたしは、その一秒を、四十年考えています。

弟が厨房へ走り込んできました。すれ違いざまに、顔を見ました。

笑っていました。

そのあとのことは、順番がめちゃくちゃです。包丁と、血と、誰かがひっくり返したテーブルと、床に散らばった氷。学生の子が、腰を抜かして座り込んでいました。女が、その中を、まっすぐ歩いて出ていきました。

坊さんは、立ち上がりませんでした。

わたしは、弟の右手を、タオルで押さえていました。

四 左手

店は、三日休みました。

床を洗って、割れたものを片づけて、テーブルを一つ買い替えました。血は、拭けば落ちます。四日目には、何もなかったような店になりました。

弟は、命は助かりました。

右手は、戻りませんでした。指は動きます。ただ、力が入らない。物を握れない。医者は「神経が」と言っていましたが、わたしにはよく分かりませんでした。

退院してしばらく、弟は右手をポケットに入れて歩いていました。

一度だけ、聞きました。

「痛むんか」

「痛ないわ」

「ほな、なんでポケットに入れとんねん」

「ぶらぶらすんのが、気色悪いねん」

それきり、その話はしませんでした。

わたしは、弟を店に呼んだのは自分だ、と何度も思いました。呼ばなければ、あの日あそこにいなかった。それを言おうとして、言えませんでした。言えば、弟が「兄貴のせいちゃう」と言うに決まっていて、そう言わせるのが、いちばん卑怯だと思ったからです。

だから、もう来なくていい、と言うつもりでいました。

その言葉を用意して待っていたら、弟のほうが先に、カウンターの内側に入ってきました。

そして、左手でコーヒーを淹れました。

わたしはそれを見ていました。ぎこちなくて、遅くて、湯が細すぎて、見ていられませんでした。豆の上で湯を回すのに、ふつうの倍かかっていました。

出てきたコーヒーを飲んで、わたしは黙りました。

うまかったんです。

「兄貴の淹れ方が下手やっただけや」

弟はそう言って、笑いました。

その日から、うちのコーヒーは弟が淹れることになりました。

常連が増えました。「ここ、うまなったな」と言われるたびに、わたしは黙っていました。「兄ちゃん、やっと本気出したか」と言われたときも、黙っていました。

二十年やってきて、わたしが店に入れた改良は、それだけです。

弟の右手が、そのぶんの代金でした。

五 卵を三つ

あの夏の、半月ほどあとです。

坊さんが、また来るようになりました。

事件のあと、しばらく姿を見せませんでした。来なくなるだろうと思っていました。あんなことがあった店です。もっと言えば、あの騒ぎのきっかけを作ったのは、あの人が呼んだからだ、と言う客もいました。

でも来ました。

夕方、いつもの時間に扉が開いて、いつもの端の席に座って、数珠をカウンターに置きました。

店の中が、少し静かになりました。

弟は、厨房から出てきませんでした。

わたしがミルクセーキを作ろうとしたら、坊さんが言いました。

「あんた」

「はい」

「卵な」

わたしは冷蔵庫の前で、手を止めました。

「三個にしてくれるか」

わたしは、坊さんの顔を見ました。

あの人は、こちらを見ていませんでした。カウンターの木目を見ていました。

「……三個ですか」

「三個や」

「もっと、まずなりますよ」

「かまへん」

わたしは、卵を三つ割りました。

三つ入れると、色が変わります。黄色が濃くなって、白い飲み物ではなくなる。混ぜているときから、においが立ちました。

出したものを、坊さんは三口で飲み下しました。喉が鳴りました。

飲み終わったあと、しばらく口を押さえていました。

グラスの底に、卵の筋が残っていました。わたしはそれを洗いながら、こういうものを毎日飲む人間の腹の中を、少し考えました。

聞きませんでした。

いま考えれば、あのとき聞くべきでした。

でも、あのときのわたしにとって、それは「注文が変わった」というだけの出来事です。客の好みが変わることなど、いくらでもあります。歳を取って濃いものが欲しくなったんだろう、くらいに思っていました。

卵が一つ増えた。

それだけの話でした。

六 四年目

坊さんが痩せはじめたのは、昭和六十二年の暮れごろだったと思います。

最初は、そんなものかと思いました。もう六十を越えている人です。年寄りは痩せます。冬は誰でも顔色が悪い。

けれど、年が明けてから、明らかに変わりました。

袈裟が、余るんです。肩のところが落ちて、首が細くなって、そのぶん、胸元の数珠だけが前と同じ大きさで下がっている。着ているものと下げているものだけが元のままで、中身が減っていく。そういう見え方でした。

春になると、座るときにカウンターに手をついて、腰を落とすようになりました。

立つときは、もっと時間がかかりました。

常連の一人が、帰り際に言いました。

「あの坊さん、あかんのちゃうか」

「そうですか」

「そうですかて、あんた」

わたしは布巾を動かしていました。それが、わたしの返事です。

あの夏の、大きな人と同じ順番でした。

疲れる。顔色が悪くなる。歩くのが遅くなる。

わたしはそれを、カウンターの内側から見ていました。

一度、袖から手首が出たときに、目を凝らしました。

斑点は、ありませんでした。

あの夏、大きな人の腕には、黒い斑点が浮いていたそうです。学生の子が、あとで話してくれました。虫刺されでもあざでもない、墨を数滴落としたような、輪郭のはっきりしない黒だったと。

坊さんの腕は、ただ細いだけでした。皮膚は、きれいなものでした。年寄りの、乾いた、うすい皮膚です。

わたしは、そのとき、なぜか安心したんです。

違う。あの人とは違う。だからこれは、ただの老いだ。そう思いました。

いま思えば、あんな都合のいい安心の仕方はありません。

あんた、痩せたな。

その一言を、わたしは何度も言おうとしました。

あの夏、大きな人に言ったのと、同じ一言です。

言いませんでした。

言えば、何かが決まってしまう気がしたからです。

わたしは無愛想な男ですが、無愛想な人間は、口が重いのではありません。言わずに済ませる理由を、見つけるのが上手いだけです。

七 コーヒー、もらおか

昭和六十三年の、春先です。

いつものように坊さんが座って、わたしがいつものように卵を三つ出そうとしたら、言われました。

「あんた」

「はい」

「コーヒー、もらおか」

わたしは、卵を持ったまま、しばらく動けませんでした。

十六年です。十六年、この人はミルクセーキしか頼まなかった。

「……コーヒー、ですか」

「そう」

「うち、薄いですよ」

「知っとる」

わたしは卵を冷蔵庫に戻して、弟にコーヒーを淹れさせました。弟が左手で、ゆっくり湯を落としました。あの日は、いつもより長くかかったように思います。

出したものを、坊さんは一口飲んで、初めて、笑いました。

十六年で、初めてです。

「うまいな、これ」

わたしは、何と返せばいいのか分かりませんでした。うまいはずがないんです。うちのコーヒーは薄い。弟が淹れるようになって多少ましになりましたが、それでも薄い。

「……薄いでしょう」

「薄いのがええねん」

坊さんは、そう言って、また一口飲みました。

ゆっくり飲んでいました。三口で飲み下す人ではありませんでした。

それから三月ほど、坊さんはコーヒーしか頼みませんでした。

毎日来て、薄いコーヒーを一杯、時間をかけて飲んで、帰る。

店にいる時間が、長くなりました。

前は十分ほどで出ていった人が、一時間近く座っているようになりました。何をするでもなく、レコードのかかっているほうを向いて、たまに壁の南国の写真を見ていました。

わたしはそのあいだ、グラスを磨いていました。

話しかけようとは思いませんでした。うちはそういう店です。

そのあいだに、あの人はもっと痩せました。

わたしは、卵を買う数を減らしました。

八 勘定

最後に来た日のことは、よく覚えています。

六月の、蒸し暑い夕方でした。表の道に打ち水の跡があって、それがもう乾きかけていました。

坊さんは、いつもの端の席に座って、数珠を外して、カウンターに置きました。

注文をしませんでした。

わたしが水を出しても、手をつけませんでした。

弟が厨房から出てきて、カウンターの向こうを通りました。

坊さんは、その右手を見ていました。

弟が氷を出して、戻っていくまで、ずっと見ていました。ぶら下がったまま動かない、あの右手です。

それから、独り言のように言いました。

「あんたの弟な。運がええで」

あの夏にも、同じことを言ったそうです。学生の子から聞いていました。手一本で済んだんだから運がいい、という意味だと、わたしはずっと思っていました。

「……そら、まあ」

「ほんまに、運がええ」

二度目のほうが、静かでした。

坊さんは、袂から封筒を出して、カウンターに置きました。

「勘定、まとめて置いとくわ」

「いや、あの人、毎日もろてますけど」

「ええから」

「困りますわ」

「困っといてくれ」

それだけ言って、坊さんは立ち上がりました。

手をついて、腰を落として、立ち上がるのに、しばらくかかりました。わたしは、手を貸しませんでした。貸されるのを嫌がる人だと思っていたからです。

数珠を取って、首にかけて、扉のほうへ歩いていきました。

わたしは、その背中に、言おうとしました。

あんた、痩せたな。

言いませんでした。

扉が閉まって、鈴が鳴って、それきりでした。

封筒は、レジの下に入れました。あとで数えるつもりでした。

それが、あの人を見た最後です。

九 南の土地

訃報は、噂で来ました。

うちの常連の一人が、七月の頭に、カウンターで喋っていたんです。あの坊さん、死んだらしいで、と。

わたしは布巾を動かす手を止めませんでした。

「どこで」

「それがな」

常連は、身を乗り出しました。こういう話が好きな男でした。

「こっちちゃうねん。ずっと南のほうや。海の近くの、なんちゅうたかな、そういう土地でな。そこの道端で倒れとったらしい」

「南」

「そう。誰も、なんで行っとったんか分からんて」

その人には、寺も家も、この街にありました。用事があるとも聞いていませんでした。年寄りが、ひとりで、あんな体で、そんな遠くまで行く理由がない。

「病気か」

「さあ。倒れとっただけやから、心臓ちゃうかて言うとったわ」

常連は、それから、思い出したように付け足しました。

「あ、そや。おもろい話があってな」

「なんや」

「ポケットに切符が入っとったらしいわ。それが、行きだけやねんて」

わたしは、布巾を止めました。

「帰りは」

「無い」

「無い」

「無いねん。財布には銭も入っとったのに、行きの切符だけ買うとった。買い忘れやろて言う人もおるけど、あの歳であれやろ。ふつう、往復で買うわなあ」

わたしは、何も言いませんでした。

常連は、もう一つ喋りました。これは、その人が誰かから聞いた話の、また聞きだったと思います。

「それとな、あの数珠あるやろ。胸に下げとったごっついやつ」

「ある」

「あれ、玉が一個も残っとらんかったらしいで」

「玉が」

「糸が切れて、全部落ちたんちゃうかて。せやけど、そこらに落ちてたわけでもないらしいねん。紐だけ、首にかかっとったて」

常連は、笑っていました。怖い話をしているつもりだったんだと思います。

わたしは、布巾を絞って、それを片づけました。

その日、わたしは店を閉めてから、封筒を開けました。

六月からずっと、レジの下に入れっぱなしにしていたものです。

中は、金でした。

数えました。何度も数えました。うちのミルクセーキの値段で、きっちり割り切れる額です。端数はありませんでした。

百八杯分ありました。

わたしは、そのとき何も思いませんでした。

多すぎる、と思っただけです。

十 百八杯

次の日から、わたしは毎日、ミルクセーキを一杯作りました。

卵は三つ入れました。

作って、カウンターのいちばん端に置きました。

誰も飲みません。夜、店を閉めるときに、流しに捨てました。

なんでそんなことをしたのか、いまでもうまく説明できません。

銭をもらったからです。もらった分は出す。商売とはそういうものです。——というのは、たぶん、後から自分でつけた理屈です。

ほんとうのところは、そうしないといけない気がした、というだけでした。

常連に何度も聞かれました。

「なんやそれ」

「知らん」

「知らんて、あんたが作っとんねやろ」

「そうやな」

それで、みんな聞かなくなりました。うちはそういう店です。

弟だけは、一度も聞きませんでした。

毎日、わたしがそれを作って端に置いて、夜に捨てるのを、左手でコーヒーを淹れながら、黙って見ていました。

一度だけ、洗い物をしながら、独り言のように言ったことがあります。

「三つも入れとったんやな、あの人」

「そうや」

「ようあんなもん、毎日飲めたな」

それだけです。わたしも、それだけ返しました。

「ようあんなもん、毎日出しとったわ」

百八日で、封筒の金は尽きました。

わたしは、作り続けました。

平成三年に店を閉めるまで、三年ほど、毎日一杯です。

閉店の日、最後の客を送り出して、看板を下ろして、厨房を片づけました。

冷蔵庫に、卵が三つ残っていました。

わたしは、それを作りませんでした。

三つとも、そのまま袋に入れて、家に持って帰りました。

なんとなく、もう、いいだろうと思ったんです。

それから三十年あまり、何も起きませんでした。

終章 卵

去年、弟が死にました。

八十を二つ越えていました。最後まで右手は戻りませんでしたが、最後まで、左手でコーヒーを淹れていました。店を閉めたあとも、家で淹れていました。近所の年寄りが、それを飲みに来ていました。

葬式が終わって、家に帰って、わたしは久しぶりに台所に立ちました。

誰に言われたわけでもありません。ただ、そうしたくなったんです。

ミキサーを出して、牛乳と、砂糖と、氷を入れました。三十年以上ぶりでしたが、手が覚えていました。

冷蔵庫から、卵を出しました。

一つ、割りました。

二つ、割りました。

三つ目に、手が伸びていました。

わたしは、しばらく、その手を見ていました。

十六年、わたしは一度も、なんでミルクセーキなんですかと聞きませんでした。

いまは、聞かなくても分かります。

あの人は、ずっと、何かに餌をやっていたんです。

二つで足りていたものが、あの夏から三つになりました。弟の右手から出ていったものが、あの日どこへ行ったのか、わたしはずっと考えないようにしてきました。

最後の三月、あの人は餌をやるのをやめました。

腹をすかせたものは、出ていきます。出ていくときに、入れものは死にます。

だからあの人は、出ていく先を選んで、自分の足で、南の海に近い土地まで歩いていったんです。

行きの切符だけを買って。

あの人は、祓ってなどいませんでした。

切って、追い出して、そのつど、自分で引き取っていただけです。

首から下げていた玉の数だけ、預かって歩いて、最後に、全部そこへ置いてきた。

だから紐だけが、残っていた。

——では、いま。

わたしの手が三つ目の卵に伸びたのは、いつからのことなのか。

わたしには、分かりません。

あの人はもう、いません。

聞ける相手が、いないんです。

わたしは、三つ目の卵を、割りました。

《了》

序

カフェ・ブラジルという喫茶店を、平成三年まで、この街でやっていました。

父から継いだ店です。わたしで二代目でした。いまはコインパーキングになっています。

あの店に、毎日ミルクセーキを飲みに来る坊さんがいました。

わたしがあの人にミルクセーキを作ったのは、十六年ほどです。継ぐ前から来ていた人でしたから、父の代を入れると、もっと長い。

十六年のあいだ、わたしは一度も、なんでミルクセーキなんですかと聞きませんでした。

無愛想な男だったからです。

——というのは、いま思えば、嘘です。

聞かなかったのは、あの人が、聞かれたくなさそうだったからです。

わたしはそれに気づいていて、気づかないふりをして、十六年、黙って作っていました。

この話を人にするのは、これが初めてです。

弟が去年死んで、あの店を知っている人間が、わたしひとりになりました。

一 薄いコーヒー

うちのコーヒーは薄い、とよく言われました。

言われるたびに、わたしは黙っていました。豆を惜しんでいたわけではありません。父がそう淹れていたので、そう淹れていただけです。

それでも常連は来ました。ほかに行くところがなかったんだと思います。飲屋街の外れで、昼から夜まで開いていて、誰も話しかけてこない店というのは、あのころ、案外貴重でした。

カウンターの奥でレコードを回して、壁には南国の写真が貼ってありました。行ったこともない土地の写真です。父が誰かにもらったものだと聞いています。ヤニで飴色になっていて、海の青が、年々、茶色くなっていきました。

坊さんは、決まって夕方に来ました。

六十手前だったと思います。袈裟を着て、胸元に大きな数珠を下げていました。口は重い。挨拶もしません。カウンターのいちばん端に座って、ミルクセーキを一杯飲んで、金を置いて帰る。それだけです。

「視える人らしいで」という噂は、飲屋街に流れていました。わたしはそういう話を信じていませんでしたし、興味もありませんでした。うちの店にとっては、静かに座って毎日一杯飲んでいく客というだけで、じゅうぶんありがたい人です。

あの人には癖がひとつありました。

座ると、胸の数珠を外して、カウンターに置くんです。

いつも同じ場所に、輪のまま。それから飲んで、帰るときにまた首にかける。

黒っぽい、大ぶりの玉でした。よく使い込まれていて、ところどころ、角が丸くなっていました。

ある日、暇だったので、わたしはそれを数えました。

客はほかにおらず、坊さんは便所に立っていて、数珠はカウンターに置いたままでした。触るのも悪い気がしたので、指の先で押しながら、ひとつずつずらして数えました。

百八ありました。

そういうものなのかもしれません。わたしは仏具のことは何も知りません。ただ、数え終わったときに、多いな、と思ったのは覚えています。

顔を上げたら、坊さんが戻ってきていて、それを見ていました。

わたしは何も言いませんでした。あの人も何も言いませんでした。ただ数珠を取って、首にかけて、また座って、ミルクセーキの続きを飲みました。

それだけの話です。

わたしはその日から、あの数珠に触れませんでした。

二 卵を二つ

坊さんは、わたしが店を継ぐ前から来ていました。

父に一度、あの坊さんは何なんや、と聞いたことがあります。父は「知らん」と言いました。それで終わりです。うちはそういう店で、うちはそういう家でした。

昭和五十年代の半ばだったと思います。

いつものように出そうとしたら、坊さんが、カウンター越しに言いました。

「あんた」

声をかけられたのは、それが初めてでした。八年ほど作っていて、初めてです。

「はい」

「卵な。二個にしてくれるか」

わたしは、少し考えました。ミルクセーキの卵は一個です。二個にすると味が変わります。濃くなって、甘さが立たなくなる。正直、うまくはありません。

「二個ですか」

「二個や」

「味、変わりますよ」

「かまへん」

坊さんは、それから付け足しました。

「銭は、同じでええ」

わたしは「いや、そら」と言いかけて、やめました。

この人は値切っているのでも、得をしようとしているのでもない、と分かったからです。卵の数の話だけをしている、という感じでした。

結局、値段は据え置きました。卵一個で商売がどうこうなるほど、うちは繁盛していませんでしたし、あの人は十六年、一日も欠かさず来ていましたから、こちらが得をしていました。

その日から、坊さんのミルクセーキは卵二個になりました。

わたしは一度、味見をしてみたことがあります。

うまくありませんでした。生臭くて、重い。冷やしても、卵が喉に残ります。飲んだあと、しばらく口の中がぬるつく。あれを毎日飲むのは苦行だろうと思いました。

坊さんは、うまそうに飲んだことが一度もありません。

いつも、三口か四口で、一気に飲み下していました。グラスを置くときに、必ず、小さく息を吐きました。

薬を飲む人の飲み方でした。

常連の一人に「あの坊さん、なに飲んでんの」と聞かれたことがあります。

「ミルクセーキです」

「あの人が?」

「はい」

「似合わんなあ」

似合いません。わたしもそう思っていました。

三 あの夏

昭和五十九年の夏のことです。

弟が、手伝いに来ていました。もともと別の仕事をしていたのが、その年の春に辞めて、ぶらぶらしていたので、店に呼んだんです。皿を洗って、氷を割って、たまに客と喋る。うちの店で唯一、客と喋れる人間でした。

その日の夕方、常連の若い子が、駐車場の先輩と一緒に来ていました。十九か二十の学生と、三十過ぎの、体の大きな人です。よく二人で来ていました。

その大きいほうの人が、その夏、みるみる痩せていました。

わたしは無愛想ですが、客の顔は見ています。二週間で人相が変わる人間というのは、そうそういません。だからその日、アイスコーヒーを運んだときに、一言だけ言いました。

「あんた、痩せたな」

それだけ言って、戻りました。

いま思えば、あれがわたしの、精いっぱいでした。

その夕方、坊さんが来て、あの二人と同じテーブルに座りました。何か話していましたが、わたしはカウンターの内側にいたので、聞いていません。

三日後、その大きい人が、女を連れてきました。

白いワンピースに、腰までの黒髪の人でした。

わたしはその人に水を出しました。手をつけませんでした。それだけです。あとは何も覚えていません。覚えていないというより、見ていませんでした。カウンターの内側で、氷を割っていました。

坊さんが入ってきて、扉が閉まって、それから、悲鳴が上がりました。

顔を上げたときには、女が立ち上がって、叫んでいました。人の声ではありませんでした。

弟が、その腕を掴みに行きました。

止めようとしたんだと思います。うちの店で、うちの客が暴れているので、止めに行った。それだけのことです。

わたしは、掴むな、と言いませんでした。

言えるはずもありません。一秒もなかったんですから。

それでもわたしは、その一秒を、四十年考えています。

弟が厨房へ走り込んできました。すれ違いざまに、顔を見ました。

笑っていました。

そのあとのことは、順番がめちゃくちゃです。包丁と、血と、誰かがひっくり返したテーブルと、床に散らばった氷。学生の子が、腰を抜かして座り込んでいました。女が、その中を、まっすぐ歩いて出ていきました。

坊さんは、立ち上がりませんでした。

わたしは、弟の右手を、タオルで押さえていました。

四 左手

店は、三日休みました。

床を洗って、割れたものを片づけて、テーブルを一つ買い替えました。血は、拭けば落ちます。四日目には、何もなかったような店になりました。

弟は、命は助かりました。

右手は、戻りませんでした。指は動きます。ただ、力が入らない。物を握れない。医者は「神経が」と言っていましたが、わたしにはよく分かりませんでした。

退院してしばらく、弟は右手をポケットに入れて歩いていました。

一度だけ、聞きました。

「痛むんか」

「痛ないわ」

「ほな、なんでポケットに入れとんねん」

「ぶらぶらすんのが、気色悪いねん」

それきり、その話はしませんでした。

わたしは、弟を店に呼んだのは自分だ、と何度も思いました。呼ばなければ、あの日あそこにいなかった。それを言おうとして、言えませんでした。言えば、弟が「兄貴のせいちゃう」と言うに決まっていて、そう言わせるのが、いちばん卑怯だと思ったからです。

だから、もう来なくていい、と言うつもりでいました。

その言葉を用意して待っていたら、弟のほうが先に、カウンターの内側に入ってきました。

そして、左手でコーヒーを淹れました。

わたしはそれを見ていました。ぎこちなくて、遅くて、湯が細すぎて、見ていられませんでした。豆の上で湯を回すのに、ふつうの倍かかっていました。

出てきたコーヒーを飲んで、わたしは黙りました。

うまかったんです。

「兄貴の淹れ方が下手やっただけや」

弟はそう言って、笑いました。

その日から、うちのコーヒーは弟が淹れることになりました。

常連が増えました。「ここ、うまなったな」と言われるたびに、わたしは黙っていました。「兄ちゃん、やっと本気出したか」と言われたときも、黙っていました。

二十年やってきて、わたしが店に入れた改良は、それだけです。

弟の右手が、そのぶんの代金でした。

五 卵を三つ

あの夏の、半月ほどあとです。

坊さんが、また来るようになりました。

事件のあと、しばらく姿を見せませんでした。来なくなるだろうと思っていました。あんなことがあった店です。もっと言えば、あの騒ぎのきっかけを作ったのは、あの人が呼んだからだ、と言う客もいました。

でも来ました。

夕方、いつもの時間に扉が開いて、いつもの端の席に座って、数珠をカウンターに置きました。

店の中が、少し静かになりました。

弟は、厨房から出てきませんでした。

わたしがミルクセーキを作ろうとしたら、坊さんが言いました。

「あんた」

「はい」

「卵な」

わたしは冷蔵庫の前で、手を止めました。

「三個にしてくれるか」

わたしは、坊さんの顔を見ました。

あの人は、こちらを見ていませんでした。カウンターの木目を見ていました。

「……三個ですか」

「三個や」

「もっと、まずなりますよ」

「かまへん」

わたしは、卵を三つ割りました。

三つ入れると、色が変わります。黄色が濃くなって、白い飲み物ではなくなる。混ぜているときから、においが立ちました。

出したものを、坊さんは三口で飲み下しました。喉が鳴りました。

飲み終わったあと、しばらく口を押さえていました。

グラスの底に、卵の筋が残っていました。わたしはそれを洗いながら、こういうものを毎日飲む人間の腹の中を、少し考えました。

聞きませんでした。

いま考えれば、あのとき聞くべきでした。

でも、あのときのわたしにとって、それは「注文が変わった」というだけの出来事です。客の好みが変わることなど、いくらでもあります。歳を取って濃いものが欲しくなったんだろう、くらいに思っていました。

卵が一つ増えた。

それだけの話でした。

六 四年目

坊さんが痩せはじめたのは、昭和六十二年の暮れごろだったと思います。

最初は、そんなものかと思いました。もう六十を越えている人です。年寄りは痩せます。冬は誰でも顔色が悪い。

けれど、年が明けてから、明らかに変わりました。

袈裟が、余るんです。肩のところが落ちて、首が細くなって、そのぶん、胸元の数珠だけが前と同じ大きさで下がっている。着ているものと下げているものだけが元のままで、中身が減っていく。そういう見え方でした。

春になると、座るときにカウンターに手をついて、腰を落とすようになりました。

立つときは、もっと時間がかかりました。

常連の一人が、帰り際に言いました。

「あの坊さん、あかんのちゃうか」

「そうですか」

「そうですかて、あんた」

わたしは布巾を動かしていました。それが、わたしの返事です。

あの夏の、大きな人と同じ順番でした。

疲れる。顔色が悪くなる。歩くのが遅くなる。

わたしはそれを、カウンターの内側から見ていました。

一度、袖から手首が出たときに、目を凝らしました。

斑点は、ありませんでした。

あの夏、大きな人の腕には、黒い斑点が浮いていたそうです。学生の子が、あとで話してくれました。虫刺されでもあざでもない、墨を数滴落としたような、輪郭のはっきりしない黒だったと。

坊さんの腕は、ただ細いだけでした。皮膚は、きれいなものでした。年寄りの、乾いた、うすい皮膚です。

わたしは、そのとき、なぜか安心したんです。

違う。あの人とは違う。だからこれは、ただの老いだ。そう思いました。

いま思えば、あんな都合のいい安心の仕方はありません。

あんた、痩せたな。

その一言を、わたしは何度も言おうとしました。

あの夏、大きな人に言ったのと、同じ一言です。

言いませんでした。

言えば、何かが決まってしまう気がしたからです。

わたしは無愛想な男ですが、無愛想な人間は、口が重いのではありません。言わずに済ませる理由を、見つけるのが上手いだけです。

七 コーヒー、もらおか

昭和六十三年の、春先です。

いつものように坊さんが座って、わたしがいつものように卵を三つ出そうとしたら、言われました。

「あんた」

「はい」

「コーヒー、もらおか」

わたしは、卵を持ったまま、しばらく動けませんでした。

十六年です。十六年、この人はミルクセーキしか頼まなかった。

「……コーヒー、ですか」

「そう」

「うち、薄いですよ」

「知っとる」

わたしは卵を冷蔵庫に戻して、弟にコーヒーを淹れさせました。弟が左手で、ゆっくり湯を落としました。あの日は、いつもより長くかかったように思います。

出したものを、坊さんは一口飲んで、初めて、笑いました。

十六年で、初めてです。

「うまいな、これ」

わたしは、何と返せばいいのか分かりませんでした。うまいはずがないんです。うちのコーヒーは薄い。弟が淹れるようになって多少ましになりましたが、それでも薄い。

「……薄いでしょう」

「薄いのがええねん」

坊さんは、そう言って、また一口飲みました。

ゆっくり飲んでいました。三口で飲み下す人ではありませんでした。

それから三月ほど、坊さんはコーヒーしか頼みませんでした。

毎日来て、薄いコーヒーを一杯、時間をかけて飲んで、帰る。

店にいる時間が、長くなりました。

前は十分ほどで出ていった人が、一時間近く座っているようになりました。何をするでもなく、レコードのかかっているほうを向いて、たまに壁の南国の写真を見ていました。

わたしはそのあいだ、グラスを磨いていました。

話しかけようとは思いませんでした。うちはそういう店です。

そのあいだに、あの人はもっと痩せました。

わたしは、卵を買う数を減らしました。

八 勘定

最後に来た日のことは、よく覚えています。

六月の、蒸し暑い夕方でした。表の道に打ち水の跡があって、それがもう乾きかけていました。

坊さんは、いつもの端の席に座って、数珠を外して、カウンターに置きました。

注文をしませんでした。

わたしが水を出しても、手をつけませんでした。

弟が厨房から出てきて、カウンターの向こうを通りました。

坊さんは、その右手を見ていました。

弟が氷を出して、戻っていくまで、ずっと見ていました。ぶら下がったまま動かない、あの右手です。

それから、独り言のように言いました。

「あんたの弟な。運がええで」

あの夏にも、同じことを言ったそうです。学生の子から聞いていました。手一本で済んだんだから運がいい、という意味だと、わたしはずっと思っていました。

「……そら、まあ」

「ほんまに、運がええ」

二度目のほうが、静かでした。

坊さんは、袂から封筒を出して、カウンターに置きました。

「勘定、まとめて置いとくわ」

「いや、あの人、毎日もろてますけど」

「ええから」

「困りますわ」

「困っといてくれ」

それだけ言って、坊さんは立ち上がりました。

手をついて、腰を落として、立ち上がるのに、しばらくかかりました。わたしは、手を貸しませんでした。貸されるのを嫌がる人だと思っていたからです。

数珠を取って、首にかけて、扉のほうへ歩いていきました。

わたしは、その背中に、言おうとしました。

あんた、痩せたな。

言いませんでした。

扉が閉まって、鈴が鳴って、それきりでした。

封筒は、レジの下に入れました。あとで数えるつもりでした。

それが、あの人を見た最後です。

九 南の土地

訃報は、噂で来ました。

うちの常連の一人が、七月の頭に、カウンターで喋っていたんです。あの坊さん、死んだらしいで、と。

わたしは布巾を動かす手を止めませんでした。

「どこで」

「それがな」

常連は、身を乗り出しました。こういう話が好きな男でした。

「こっちちゃうねん。ずっと南のほうや。海の近くの、なんちゅうたかな、そういう土地でな。そこの道端で倒れとったらしい」

「南」

「そう。誰も、なんで行っとったんか分からんて」

その人には、寺も家も、この街にありました。用事があるとも聞いていませんでした。年寄りが、ひとりで、あんな体で、そんな遠くまで行く理由がない。

「病気か」

「さあ。倒れとっただけやから、心臓ちゃうかて言うとったわ」

常連は、それから、思い出したように付け足しました。

「あ、そや。おもろい話があってな」

「なんや」

「ポケットに切符が入っとったらしいわ。それが、行きだけやねんて」

わたしは、布巾を止めました。

「帰りは」

「無い」

「無い」

「無いねん。財布には銭も入っとったのに、行きの切符だけ買うとった。買い忘れやろて言う人もおるけど、あの歳であれやろ。ふつう、往復で買うわなあ」

わたしは、何も言いませんでした。

常連は、もう一つ喋りました。これは、その人が誰かから聞いた話の、また聞きだったと思います。

「それとな、あの数珠あるやろ。胸に下げとったごっついやつ」

「ある」

「あれ、玉が一個も残っとらんかったらしいで」

「玉が」

「糸が切れて、全部落ちたんちゃうかて。せやけど、そこらに落ちてたわけでもないらしいねん。紐だけ、首にかかっとったて」

常連は、笑っていました。怖い話をしているつもりだったんだと思います。

わたしは、布巾を絞って、それを片づけました。

その日、わたしは店を閉めてから、封筒を開けました。

六月からずっと、レジの下に入れっぱなしにしていたものです。

中は、金でした。

数えました。何度も数えました。うちのミルクセーキの値段で、きっちり割り切れる額です。端数はありませんでした。

百八杯分ありました。

わたしは、そのとき何も思いませんでした。

多すぎる、と思っただけです。

十 百八杯

次の日から、わたしは毎日、ミルクセーキを一杯作りました。

卵は三つ入れました。

作って、カウンターのいちばん端に置きました。

誰も飲みません。夜、店を閉めるときに、流しに捨てました。

なんでそんなことをしたのか、いまでもうまく説明できません。

銭をもらったからです。もらった分は出す。商売とはそういうものです。——というのは、たぶん、後から自分でつけた理屈です。

ほんとうのところは、そうしないといけない気がした、というだけでした。

常連に何度も聞かれました。

「なんやそれ」

「知らん」

「知らんて、あんたが作っとんねやろ」

「そうやな」

それで、みんな聞かなくなりました。うちはそういう店です。

弟だけは、一度も聞きませんでした。

毎日、わたしがそれを作って端に置いて、夜に捨てるのを、左手でコーヒーを淹れながら、黙って見ていました。

一度だけ、洗い物をしながら、独り言のように言ったことがあります。

「三つも入れとったんやな、あの人」

「そうや」

「ようあんなもん、毎日飲めたな」

それだけです。わたしも、それだけ返しました。

「ようあんなもん、毎日出しとったわ」

百八日で、封筒の金は尽きました。

わたしは、作り続けました。

平成三年に店を閉めるまで、三年ほど、毎日一杯です。

閉店の日、最後の客を送り出して、看板を下ろして、厨房を片づけました。

冷蔵庫に、卵が三つ残っていました。

わたしは、それを作りませんでした。

三つとも、そのまま袋に入れて、家に持って帰りました。

なんとなく、もう、いいだろうと思ったんです。

それから三十年あまり、何も起きませんでした。

終章 卵

去年、弟が死にました。

八十を二つ越えていました。最後まで右手は戻りませんでしたが、最後まで、左手でコーヒーを淹れていました。店を閉めたあとも、家で淹れていました。近所の年寄りが、それを飲みに来ていました。

葬式が終わって、家に帰って、わたしは久しぶりに台所に立ちました。

誰に言われたわけでもありません。ただ、そうしたくなったんです。

ミキサーを出して、牛乳と、砂糖と、氷を入れました。三十年以上ぶりでしたが、手が覚えていました。

冷蔵庫から、卵を出しました。

一つ、割りました。

二つ、割りました。

三つ目に、手が伸びていました。

わたしは、しばらく、その手を見ていました。

十六年、わたしは一度も、なんでミルクセーキなんですかと聞きませんでした。

いまは、聞かなくても分かります。

あの人は、ずっと、何かに餌をやっていたんです。

二つで足りていたものが、あの夏から三つになりました。弟の右手から出ていったものが、あの日どこへ行ったのか、わたしはずっと考えないようにしてきました。

最後の三月、あの人は餌をやるのをやめました。

腹をすかせたものは、出ていきます。出ていくときに、入れものは死にます。

だからあの人は、出ていく先を選んで、自分の足で、南の海に近い土地まで歩いていったんです。

行きの切符だけを買って。

あの人は、祓ってなどいませんでした。

切って、追い出して、そのつど、自分で引き取っていただけです。

首から下げていた玉の数だけ、預かって歩いて、最後に、全部そこへ置いてきた。

だから紐だけが、残っていた。

——では、いま。

わたしの手が三つ目の卵に伸びたのは、いつからのことなのか。

わたしには、分かりません。

あの人はもう、いません。

聞ける相手が、いないんです。

わたしは、三つ目の卵を、割りました。

《了》

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陽(生者)が、陰を抱えて歩く。壱ノ型「憑」。

前の話で、入られた者は二通りに分かれました。腕を切って追い出した者と、気に入って追い出さなかった者。この一篇には、三人目がいます。人から追い出したものを、行き場のないまま、自分の身体で預かった者です。預かったものは、腹をすかせる。だから毎日、何かを入れて黙らせる。一つで足りなくなれば二つにし、二つで足りなくなれば三つにする。入れるのをやめれば、それは出ていく。出ていくとき、入れものは持たない。だから最後に、置いていく場所を自分で選ぶ。帰りの切符は、はじめから要らない。陰が陽に入り込むのではなく、陽が陰を抱えて歩く。同じ型の、裏側です。

この庫は、語られるたびに増えていく。
あなたが視たもの、聞いたもの、腑に落ちないまま抱えているもの。
それも、まだ名前のつかない一篇かもしれません。

奇譚を寄せる
研

研一

依代師ユニバースの作者。連載小説「泉京介の憂鬱」、「黒竜人」シリーズを執筆。