冷えた穴 ―泉京介の憂鬱 第一話―
視えてしまう男は、視えないふりをして生きてきた。朝、雀の声で目を覚ます鍼灸師・泉京介。何も変わらないはずの一日が、患者の体に空いた〝冷えた穴〟から、静かに揺らぎはじめる。
怖さには、型がある。
憑き、祟り、人、そして気。怪異を成り立ちで読み解く、新しい怪談の庫(くら)。陰と陽のあわいに生まれる恐怖を、ここに蒐(あつ)める。
―― 蒐集と、創作と、考証の場 ――
怪異とは、陰陽の均衡が崩れた状態である。
実話か創作かではなく、その均衡が「どう崩れたか」で分類する。東洋医学の視座が支える、恐怖の構造図。
憑依・取り憑き・連れ帰り。外なる陰が、人という陽の領域へ侵す。境界が溶ける話。
怪異よりも生身が怖い。悪意・狂気・隣人。陽のなかに隠れた陰=〝人怖〟。
蒐集された実話、創作怪談、そして依代師ユニバースに連なる物語。
視えてしまう男は、視えないふりをして生きてきた。朝、雀の声で目を覚ます鍼灸師・泉京介。何も変わらないはずの一日が、患者の体に空いた〝冷えた穴〟から、静かに揺らぎはじめる。
昭和五十四年、裏高野の僧が追った噂。村の外れに現れた女は、出会った男の生気を吸い、消えた兄貴の行方は今も知れぬまま。
引っ越して三日目、ポストに見覚えのない合鍵が一本。管理会社は「うちは渡していない」と言う。その夜から、玄関の靴がわずかにずれている。
何度寺に納めても、朝になると仏壇に戻っている古い位牌。祖母は「あれは家のものではない」とだけ言って、それきり口を噤んだ。
「お母さんに頼まれて」と笑うその人を、誰も呼んだ覚えがない。けれど子どもだけが、毎週その人を待つようになった。
出張先で拾った石。捨てても捨てても鞄に戻り、やがて家族全員が同じ夢を見るようになった――知らない海岸の、誰かの後ろ姿。